司法書士と野宿生活者問題
 

 

司法書士 芝田 淳
 

■ 鹿児島の野宿生活者問題
現在,我が国には,自立の意思がありながら野宿生活者となることを余儀なくされた方々が多数存在し,食事の確保や健康面・医療面・法律問題面での様々な問題を抱え,健康で文化的な生活を送ることができない状況にあります。
鹿児島県においてもホームレスの自立の支援等に関する特別措置法に基づく平成15年の全国調査によると80名の野宿生活者の方が確認されていますし,実際にはさらに多くの野宿生活者の方がいらっしゃるものと思われます。

■ 路上へ
平成16年10月,私ははじめて鹿児島の野宿生活者支援活動に参加しました。初めのうちは野宿生活者の方になにを聞いていいのか分からず,相談や要望を聞きだせずにいたのですが,徐々に打ち解け,いろいろな相談を受けるようになりました。
50代前半の男性のIさんは,大阪,高知,熊本などを転々とし,真冬の時期に鹿児島に来て,冬の風が吹き曝す山形屋の前のベンチで2週間を過ごしていました。別の野宿生活者の方に連れてこられたIさんは「お願いします。助けてください。」と頭を下げられました。生活保護の適用をと考え,私たち支援者が市役所に同行しました。しかし,すぐには申請書を出してもらえませんでした。指の関節が曲がり,人差し指の爪がはがれていたので,鹿児島市立病院に診察にいきました。同病院のソーシャルワーカーの方で精神保健福祉士でもある方と面談し,統合失調症と判断され,保護の申請と同時に入院の手続を取りました。現在も市内の精神病院に入院治療中で,月に1回程度お見舞いに行っています。
50代後半の男性のTさんは,つい最近までサラリーマンをしていた方でした。リストラによる失業で家賃が払えなくなり,路上へ出ました。私たち支援者が生活保護の申請を勧めたところ,私たちと電話で相談しながら自ら市役所へ保護の申請に向かい,保護が決定しました。現在では私たちとともに路上生活者のためのボランティア活動を行っています。

■ 差別
野宿生活者の方々に対してみなさんはどのような印象をお持ちでしょうか。
「きたない」というイメージがあるでしょうか。あるとしたらそれは差別です。路上生活者だからきたないわけではありません。現に鹿児島の路上生活者の方々は,自分から路上生活者だといわなければ,それと分からないような身なりの方がほとんどです。「こわい」というイメージがあるでしょうか。それも差別です。路上生活者だから暴力的だなどという相関関係はどこにもありません。
「働かない怠慢な人達」というイメージもよく耳にします。しかし,路上生活者の方々と接していて最も多い相談は「仕事はありませんか」です。みな,働きたいのです。働きたいのに仕事がない。だから路上での生活を余儀なくされているのです。一部テレビ報道などで,悠々自適に野宿生活を楽しんでいる人が,さも野宿生活者とはこういうものだと思わせるような形で登場することがありますが,大きな誤解です。
今年の夏,いづろ周辺のアーケード内で寝泊りしていた野宿生活者に向けて,中学生と思われる子供たちの集団が火のついた花火を投げつけるという事件がありました。また,祇園之洲公園では,寝ていた野宿生活者が若者にガソリンをかけられ,危うく火をつけられそうになるという事件もありました。社会が内包している差別意識が,若者の心に暗い影を落としています。
私は,路上生活者の方々と接し,この問題は経済問題,法律問題,行政問題でもあるけれども,なによりも差別問題であると認識するようになりました。いわれなき差別が,われわれの生活するこの町で,今も現に続いているのです。

■ 鹿児島野宿生活者支えあう会
平成17年2月,鹿児島における野宿生活者の方々の社会的処遇の改善を促進するとともにその自立を支援し,もって基本的人権の擁護と社会福祉の向上を図ることを目的として,鹿児島野宿生活者支えあう会が設立されました。私は,以前から鹿児島で支援活動を続けてこられた方々にご指導いただきながらその設立に関与し,現在私の事務所が同会の事務局を引き受けさせていただいています。同会では夜回り(パトロール),給食,銭湯入場券の配布,就労支援,生活保護申請の援助などの活動を実施しています。
同会では夜回り活動等を通して野宿生活者の方々と接し様々な相談を受けていますが,相談が法律問題に及ぶことが少なくありません。借金問題・家族問題・労働問題・年金保険問題・生活保護申請に関する問題等,相談は多岐にわたり,単純な相談から複雑なものまで様々ですが,野宿生活に至る過程において,みなさんが解決困難な法律問題を抱えておられたであろうことは想像に難くありません。

■ 野宿生活者のための「福祉・法律よろず相談会」
そこで同会は平成17年7月,野宿生活者の方々のための「福祉・法律よろず相談会」を実施しました。鹿児島県青年司法書士会に協力をお願いし,また,鹿児島県社会福祉士会にも協力をお願いし,それぞれから相談員を派遣していただきました。
相談者は10名,内9名が男性,1名が女性,平均年齢は52.7歳。野宿生活暦は11ヶ月から4年8ヶ月までの間で平均2.18年。相談内容は生活保護に関するものが8件と最も多く,病気・医療の相談が6件(重複回答)。借金問題が4件,そのほか年金の問題,離婚・DVの問題に関する相談などもありました。
本相談会を企画した時点では,いったい相談者の方が何人お見えになるのか皆目見当がつきませんでしたが,予想以上の相談者の数で,野宿生活者の方々の間に相談の場を求める潜在的な需要があることが示される形となりました。
その後,9月,11月,12月と相談会は回を重ねています。

■ 司法書士と野宿生活者問題
野宿生活者問題は重大な人権問題です。
野宿生活者の方々は,憲法で保障された健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を侵害され,いわれない差別の対象とされ,社会から排除され,困窮の果てで援助を求めています。重大かつあからさまな人権侵害が今なお我々のすぐそばで続いています。
司法書士は,国民の権利の擁護と公正な社会の実現を使命としその達成に努める職能であることを自認しています(司法書士倫理第1条)。司法書士は野宿生活者の人権問題を看過することはできません。司法書士はぬくぬくとした部屋の中でデスクワークをこなすばかりでなく,真に法的援助を求めている人たちのためにこれからも積極的に路上に出て行きます。